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清水貴夫(2010)ストリート・チルドレン支援の NGO、ケオーゴ KEOOGO の活動から見える「路上の生き様 La vie de la rue」(本文のみ、図表省略)

はじめに

 アフリカ都市部の路上で生活する青少年たちは、一般に「ストリート・ボーイ」や「ストリ ート・チルドレン」と総称される。こうした少年たちは、NGO の間では「困難な状況に置かれ た子どもたち les enfants en difficulité」とも呼ばれ、何らかのスティグマを負った子どもたちを 指す場合が多い。ほとんどの NGO では、こうした少年たちを、ストリートで生活をしている少 年(les enfants de la rue)、保護者がいるもののストリートで商行為などをして、ストリートで多 くの時間を過ごす少年(les enfants dans la rue)、コーラン学校の生徒たち(les taribés)の 3 つに 分類している。

 ストリート・チルドレンは、NGO や国際協力機関によって保護され、路上での生存を保って いる。ワガドゥグに住む多くの人びとも、これらの少年たちが路上生活に至るまでにまさに「困 難な状況」に置かれ、例えば家庭不和やコーラン学校での暴力の被害者であった、社会的弱者 と認識している。しかし、その一方で彼らは、子どもたちを取り巻くこの生育環境に対する同 情の念を抱きつつも、ストリート・チルドレンのことを都市の治安を悪化させる忌避すべき存 在ともみている。こうしたワガドゥグ市民のアンビバレントな態度に対し、いくつかの NGO は 少年たちの社会参加を促し、市民の偏見の是正を試みている。

 こうしたストリート・チルドレンを理解しようとするとき、主体であるストリート・チルド レンだけではなく、NGO などの「大人」の側からの視点も重要である。これは、ひとつに、NGO はいわば国際社会を含めた市民の、弱者への良心的な視点を代表する立場にいるためである。 NGO が少年たちの現状をどのように捉え、どのように改善しようとするのか、これらは、NGO の活動の経験から生まれてくるものであり、少年たちの現状を十分に表している。もう一点に、 調査技術上の意味がある。「白人」で「大人」である調査者が「少年」たちを観察することは潜 在的に困難である。実際にスタッフの一部がストリート・チルドレンの経験を持っていること から、豊富な情報を持ち、かつストリート・チルドレンと直接に関わる立場にいるためである。

 確かに、こうした NGO が主張するように、ストリート・チルドレンの多くは家庭をはじめと する、本来あるべきだと考えられた生活環境の一部が欠如した少年たちである場合が多い。し かし、この NGO が表明する視点からだけでは少年たちの実情を知るには不十分ではないのか。 これが本稿の問題意識である。人類学のいくつかの研究から、アフリカの多くの男性はさまざ まな形で「旅」に出ることが分かっている。言いかえれば、少年たちが「社会問題」として提 起されている問題を抱えているためにストリートに出奔するとは限らないのではないのではないか、これが問題意識から導き出される仮説である。

 この仮説が、必ずしも NGO の理念、活動にそぐうものではないことは想像に難くない。しか し、ケオーゴの活動をよく見ると、NGO も筆者の仮説に沿う形の活動をもつことがわかる。す なわち、NGO も、この仮説に類似した認識を持たないわけではなさそうだ。本稿では、この仮 説を解きほぐす鍵を、ケオーゴの責任者、サワドゴ氏の「ストリートの生き様 La vie de la rue」 と表した独特の生き方に求めていく。

 なお、本稿で使用する、「ストリート・チルドレン」を、先例に倣い、路上で生活する 6 歳か ら 18 歳の少年たちを指すが、しばしば、それ以上の年齢の青年層が含まれることがある i 。こ れは、少年たちのストリートでの生活は、連続的で、ストリートのグループが 25 歳前後の青年 によってまとめられていることがあるためである。

Ⅰ. ワガドゥグのストリート・チルドレン問題

Ⅰ.1 人口増加と都市化の顕著なワガドゥグ

 現在のアフリカでは、急激な人口流入により、都市の人口が増大の一途をたどっている。ブ ルキナファソの首都で同国最大の都市、ワガドゥグも例外ではない。独立後約 45 年間でワガド ゥグの人口は 6 倍、約 150 万人と推定されている。

 このワガドゥグの人口過密化には、二つの大きな要因が考えられる。まず、都市における近 代医療の発展や幼児死亡率の低下といった近代技術の発達による事由、そしてもうひとつは、 多くの研究者が報告しているように、農村部や隣国からの人口移動など(たとえば、Hart1971、 松田 1996 など)の社会的事由である。

 このうち前者は、これまでの国内外の開発政策の成果であり、科学技術の発展と都市への人 口集中によるものとして理解できる問題である。本稿では、これまであまり留意されてこなか った後者の現象に注目していきたい。なぜなら、人の移動がストリート・チルドレンを考える ときにも重要な要素となるためである。 移民の歴史においては、フランス植民地時代を通し、ブルキナファソから現在のコートジボ アール、ガーナと言った沿岸地域のプランテーションへの出稼ぎが数多く報告されている (Atempugru1993、Cordell&Gregory1996、Parcere2004 など)。しかし、90 年代のコートジボア ールの政治的混乱により、人の流れに変化が起こった。すなわち、一方でブルキナファソのも 70 つ平和的なイメージは、周辺国の混乱により相対的に増幅され、近隣国からの移民を促してワ ガドゥグへの人口集中に拍車をかけた。

 もとより、ワガドゥグは首都として行政的、経済の中枢性を備えている。これに相対的安全 性が加わることにより、近年のワガドゥグがより高い人口集積性を保持できた。高まる人口集 積性は、他方で人びとの避難所としての都市の姿を形成することにもなっている。すなわち、 政治的な危険を回避することや、農村の貧困状況から逃げ出すために都市に集積するという一 面を併せ持っていることも指摘しておかねばならない。これは、子どもや若者にとっても同様 の側面をもっており、ストリート・チルドレンの増加の原因のひとつとなっている。

Ⅰ.2 ストリート・チルドレンの出所

 ケオーゴは 2007 年に、ストリート・チルドレンへの 3 種混合の予防接種のプログラムを行っ た。このプログラムは、ケオーゴの保健医療プログラムの一つとして行われた。このプログラ ムは、ワガドゥグのストリート・チルドレン全体を対象にして行われ、複数回の受診を避ける ため、ひとりひとりの氏名、生年月日が確認された。結果的にストリート・チルドレンの数が 判明するに至った。予防接種は 1,150 名の子どもたちに対して行われ、これがこの時点でのワガ ドゥグのストリート・チルドレンの全体数の指標となっている。ただし、子どもたちが注射を 避けることは十分に考えられ、実数はこの数字以上になることは注記しておかなければならな い。ちなみに、2002 年のユニセフ ii の報告では、ブルキナファソ全体の 49 自治体(当時)で 2,146 人、うちワガドゥグ市は 525 人となっている。よって、確認できるだけでもこの 5 年間にスト リート・チルドレンは 2 倍になったということである。

 村と都市の間を漂泊するのが、主に若年男性である。パルセルによれば、ブルキナファソ国 内移民の 68%が 25 歳以下であるとしている(Parcere2004:52)。18 歳に満たない少年、少女、 つまりストリート・チルドレンに相当する年齢の者が村落から都市へ移動するケースも珍しく はない。ストリート・チルドレンの多くは、こうした移動の末にストリートに腰を落ち着けた 少年たちが多いことが分かっている。

 この移動の原因は多岐にわたる。まずひとつは、これまでにも指摘されているように、社会 からのいわゆるドロップ・アウトである。たとえば、コート・ジボアールの首都、アビジャン のストリート・ボーイを観察した鈴木裕之は「近代的枠組み(教育)からも、伝統的枠組み(家 庭、村落システム)からも逸脱した子供たちがストリートに行きつく」(鈴木 2001:200-201)と 71 指摘する。不安定な社会状況にある都市空間において、伝統的システムと近代的システムの両 方ともに居場所を失った子どもたちがストリート・チルドレンになっていくとしている。実際、 ケオーゴを訪れる子どもたちに聞き取り調査を行った際、子どもたちの多くは村落出身で、家 庭不和や家庭の経済的事由で学校教育から脱落した子どもが多かった。ゆえに、ケオーゴをは じめとする諸団体のストリート・チルドレンに対する措置として、帰村、家庭への復帰が重視 されている。 しかし、子どもたちがストリートで生活する原因はこれだけではない。詳細は稿を改めて述 べたいが、ストリートを漂泊する少年たちの中には、これといった理由もなく家庭、村を出奔 し、漂泊している者も少なくない。アフリカの、殊に男性にとって、旅をすることはさほど珍 しいできごとではない(松田 1996)。少年たちの中には、10 歳前後に家族の元を離れ、一時的 に都市のストリートに留まるはずが、滞留が数年単位になることもある。ストリート・チルド レンが多く滞留する、クワメ・ンクルマ通りでは、22 名のストリート・チルドレンのうち、12 人が「仕事を探すためにワガドゥグに来た」と答え、3 人が「特に理由はない」と答えている (2009.3 筆者調べ)。 しかし、筆者の調査助手をしたストリート・チルドレン、アブドゥライ・サワドゴAbdulai SAWADOGO君は、筆者の調査方法を批判 iiiしながら、「(少年たちは)誰も『なぜワガドゥグに 来たか』ということなどわからない」と語った。筆者の質問に対して少年たちが用意した回答 は、じつは彼らが報酬目当てに、筆者らの質問の意図に配慮したものかもしれないというわけ である。ストリート・チルドレンたる彼らは、社会におけるあるべき自らの姿をはっきりと認 識している。

Ⅱ.ブルキナファソにおける NGO と「困難な状況に置かれる子どもたち des enfants difficile」をサポートする NGO Ⅱ.1. ブルキナファソの NGO 概要

ブルキナファソには、604 団体のNGOが経済財務省(Ministre de l’Economie et des Finance)に登 録されている(DSONGiv 2008)。経済財務省傘下でNGOを管理しているDSONGによれば、NGO は「参加型開発及びコミュニティ開発の領域における非営利的活動を目的とする、グループ、 アソシアシオンおよび運動」(DSONG2008:2)と定義される。NGOの設立手続き、運営規定に 72 ついては、「組合の自由に関する法」(Loi N゜10/92/ADP Du 15 décembre 1992 Loi relative à la liberté d’association, Burkina Faso)に定められている。 同法では、ブルキナファソの NGO をローカル NGO(ONG Locale)、国際 NGO(ONG Internationale)に分類する。ローカル NGO は、本部をブルキナファソに置き、ブルキナベ(ブル キナファソ人)による運営が原則で、複数の海外ドナーから資金を得る ことができる。国際 NGO は海外に本部を置き、本部による資金提供しか受けられない。よっ て、ローカル NGO の活動はブルキナベが主導権をもち、国際 NGO は海外に本部を置く NGO が活動の主導権をもつことになる。また、ローカル NGO のスタッフはブルキナベか、活動の事 情に通じた者が選ばれており、国際 NGO の場合はその NGO の本部からスタッフが送られるか、 もしくは、国内外への募集により。また、もう一つの分類方法として、グループマン Groupment、 アソシアション Association、ONG(NGO)という分類方法もある。グループマンは主に農民組 合を指し、アソシアションとほぼ同格である。アソシアションが 3 年以上の活動実績を持ち、 経済財務省に登録されたときに NGO として成立する。

Ⅱ.2 シジェール CIJER:ストリート・チルドレンを保護する団体の活動

 604 団体の政府登録NGOのうち、子どもを対象とする活動を行っていると申告するNGOは 31 団体である(DSONG2008)。これに加え、アソシアションassociationと呼ばれる未認可の任意団 体が数百団体存在するといわれている。しかし、これらの任意団体が活動実態は明らかではな い。それはこれらの団体の多くが、ブルキナファソ政府からの認可は受けていたとしても、資 金不足(もしくは全くない)のために、団体設立から数年経っても活動ができてない、という ことが多いためである。こうした中、ストリートチルドレンを対象とするNGOでは、次にあげ る 7 つの団体が特に活発な活動を展開している。7 つの団体とは、アンポAMPO、アエモAEMO、 サム・ソシアルSamu-Sociale、赤十字Croix-Rougé Burkinabè、アニシエールAnisier、プロジェッ ト・アフリカProjetto Africa、そしてケオーゴKEOOGOである。ただし、アエモ、サム・ソシア ル、アニシエールの 3 団体については、社会連帯省(Ministere Action Sociale)が活動母体であ り、正確な意味でのNGOではない。しかし、官営の施設ではあるが、アエモはカナダ系の財団 から資金援助を受けていた v し、サム・ソシアルは敷地内にある乳幼児と母親のための施設はイ タリアの財団より財政的な援助により活動が可能となっている。純粋な意味でのNGOは他の 4 団体に限られるが、これら 7 団体すべてが民間の支援を受けて行っており、これらをNGOであ 73 ると考えて本論を進めていく。 7 団体は、毎月末の金曜日に会議を開き、ストリートの現状や、それぞれの活動の状況につい ての情報交換を行っている。この会議はシジェールCIJERviと呼ばれ、2005 年に活動を開始して いる。シジェールの発足には、ケオーゴの独立が背景にある。シジェールの発起人はケオーゴ のサワドゴ氏である。サワドゴ氏は、MSFからの独立に際し、活動をより有効に行うため、そ れまでの活動で関連のあったこれらの団体との間に補完的な関係性を樹立し、ケオーゴの活動 の独自性を確認する狙いがあった。2009 年現在、いくつかの団体が入脱退し、12 団体がシジェ ールに所属している vii 表 1 はこの 7 団体の活動領域を示したものである。シジェールに参加する NGO、団体の活動 領域は子どもたちが生存できる環境を整えることに主眼が置かれているのが分かる。しかし、 それぞれの団体による多様な活動は、活動理念や資金規模の差による。ブルキナファソ NGO は 先に述べたように、資金規模は公的機関に比べると微々たるものであり、このことによって活 動が制限される。そして、アエモのように、半官半民の経営でも、資金が止まれば活動の縮小 。を余儀なくされるし、逆にアンポやケオーゴのように活動を拡大する団体もある。さまざまな 状況を経て現在の活動環境を獲得した諸 NGO は、それぞれの経験や活動をより有機的に活用す るために、シジェールのような緩やかな結合を志向している。

Ⅲ. ケオーゴの活動

Ⅲ.1 ケオーゴの成り立ちと職員

 現在はローカル NGO に分類されるケオーゴは、ブルキナベのスタッフのみで運営されている。 欧米系の NGO から独立し、現地人スタッフのみで運営されている NGO は近年数多く見られる 形態である。 ケオーゴが行う活動は、もともとMSF(国境なき医師団)ルクセンブルグMédicin Sans Frontiér, Lexemburgviii 次に、ケオーゴに勤務するスタッフについて述べていく。ウスマン・サワドゴ Ousman SAWADOGO 氏、イサ・ウエドラオゴ Issa OUEDORAOGO 氏、ラッシーナ・ザンプ Lassina ZAMPOU 氏の 3 名が MSF-L のプロジェクト開始時からこの活動に関わっている。そして、2007 年には、パルム・サミ・パトリス PALM Sami Patrice 氏が加わっている。それぞれの職務は、サ ワドゴ氏がケオーゴの総責任者 Cordinateur、ウエドラオゴ氏が医療部門担当、イスラーム社会 との接合に関する業務、ザンプ氏が国際連携事業担当、プログラム立案を担当している。パル ム氏は社会心理学の修士号を取得しており、ストリートの少年たちを臨床社会心理学的見地か らカウンセリングを担当している。そして、この 4 名と会計を担当する女性が正式に雇用され ている職員である。 の活動であった。この活動は、2002 年から 2005 年にかけて行われたストリート・ チルドレンの支援のための期限付きプロジェクトであった。2005 年にプロジェクト供与期間が 過ぎると、このプロジェクトの担当者を中心に独立した。事務所を現在のワガドゥグ南部のパ ドワPatte d’oie地区に移転して活動を再開した。ケオーゴはMSF-Lから独立したものの、引き続 き両団体の共同プロジェクトは現在に至るまでつづけられている。たとえば、シングル・マザ ー支援や母子保健センターの運営は現在に至るまでMSF-Lとケオーゴの共同運営されている。 このように、現在のケオーゴは組織としての現地化が行われたものの、母団体との関係性を保 ちながら活動を展開していることがわかる。 サワドゴ氏、ウエドラオゴ氏は、MSF-L に入職する前にも、各地の保健センターやクリニッ 75 クに勤務していた。当然のことながら、それぞれ、医師、看護師の資格を有している。パルム 氏は心理学を専攻しており、ケオーゴがカウンセリングまでを含めた医療活動に力点を置いて いることが分かる。 そして、ケオーゴには、5 人の職員をサポートするスタッフ 4 名が存在する。彼らはエデュカ ターeducateur と呼ばれ、最も現場に近い位置で活動を行っている。彼ら自身が元ストリート・ チルドレンであり、ケオーゴとストリート・チルドレンの間をつなぐ立場にある。エデュカタ ーと正規雇用されているスタッフの差異は、エデュカターが依然として受益者 bénéficiare であ ることである。つまり、彼らは未だストリート・チルドレンとしてみなされる。 彼らは、エデュカターとして、夜間パトロールやカウンセリングなどの業務を行い、しばら く時間がたつとスタッフに近い活動を任されることもあり、実際に現場でストリート・チルド レンと接する機会が多いのがエデュカターである。こうした活動に加え、エデュカターは自身 が独立するための準備を進める。 エデュカターは、タセレ Tasséré 、マディ Madie、セイドゥ Seydou、アッライ Allei/Abudurai と言い、2008 年 11 月までケオーゴで活躍した。ケオーゴが用意したプログラムに参画するのは、 アッライのみで、残りの 3 名はタセレを中心に新たな団体を設立してケオーゴと同様、ストリ ート・チルドレンを救出する仕事を行っている。 この他にも 3 名のボランティアのスタッフがケオーゴの活動を支えている。ローカルNGOと しては、財政基盤 ixは安定しているが、ドナーからの指示により、人件費に割ける予算は思い のほか切迫している。主たるドナーは、総予算のうち、人件費に引き当てられるのは 10%から 15%に制限を加えている。このため、正規のスタッフ 4 名に関しては、ブルキナファソのNGO 法に定められている通り、社会保険に加入し、給与自体も良好であるものの、ボランティアの スタッフについては無給無報酬の状態である。ウエドラオゴ氏は、この状況を改善すべく、再 三にわたってドナーに対して要請を出しているが、現時点では解決されていない。そして、エ デュカターの収入は、エデュカター自身が受益者であるとみなされているため、彼らに支払わ れる金が補助金として扱われている。よって、エデュカターはケオーゴ職員の範疇外であり、 そのため、彼らに対する社会保障はなく、公務員の初任給程度が支給されている。 Ⅲ.2 ケオーゴの活動領域 ケオーゴはその理念として、最初に「ワガドゥグのストリート環境に置かれた子どもたちの 76 健康、安全、社会への同化、そして、子どもの権利を改善することに寄与する」ことを述べて いる(KEOOGO2008)。この活動理念は、実際のケオーゴの活動に反映されている。2008 年現 在、ケオーゴの活動は次の 5 分類の少年少女を対象としている。①6 歳から 18 歳までのストリ ート・チルドレン、②18 歳以上のストリートの青年 Les aînes de la rue、③6 歳から 18 歳までの コーラン学校の生徒 talibés、④10 歳から 20 歳の女性とその 5 歳以下の子ども、⑤家族リスクを もつ子ども、である。 7 団体のストリートへの対応は、それぞれの団体の設立背景や、現在の資金状況、また、理念 によりさまざまであることはⅠで示したとおりである(表 1)。ケオーゴの場合、元々の活動母 体が医療系の活動を中心としていたため、医療キャリアを持ったスタッフが多いことも述べた。 ケオーゴと同様に医療関係団体である赤十字は、1994 年ころから赤十字ベルギー支部の支援に よりストリート・チルドレンの保護活動を開始した。赤十字の活動は、ブルキナファソでスト リート・チルドレンが社会問題化した当初から活動を開始しており、当時大学生で研修生をし ていた学生が現在のストリート・チルドレンを保護する NGO の主要な人材となっている。たと えば、ケオーゴのプロジェクト・マネージャーのザンプ氏もこのときの赤十字のメンバーとし て活躍していた。 医療サービスを提供しているのは、ケオーゴと赤十字の 2 団体だけである。ただでさえ医療 従事者の少ないブルキナファソにおいて、医療分野に強いケオーゴの活動は希少性すらある。 医療サービスを利用する機会の少ないストリート・チルドレンにとって、この活動は生存を維 持する上で貴重な存在でもある。ワガドゥグのストリートで活動する 7 団体のうちにおけるケ オーゴは、まず医療部門に強い NGO であると位置づけられているといってもいいだろう。そし て、将来への展望においても、プログラム・オフィサーのザンプ氏によれば、できるだけ早い 時期に本格的なクリニックを整備して活動拠点としたい、と述べている。続けて、経費や人材 の問題からここ数年中は難しい、と述べ、実現は容易でないとのことである。経済的にも人的 にも難しいものの、今後もさらに医療活動に力を入れていこうとする活動方針が見て取ること ができる。 しかし、ケオーゴの活動を全体的に見渡すと、ケオーゴの活動は、上に挙げた 5 つ以外にも、 社会心理学的な関与(親子に対するカウンセリング、グループディスカッション、グループカ ウンセリング、デッサン、帰村支援)、子どもの権利についての活動(警察当局との連携、警察 署での研修、イスラーム社会との連携、研修)、世論の動員、周辺 5 カ国の NGO との国際的な 連携の活動、イスラーム社会への呼びかけと言った活動も行っている。さらに、ストリート・ 77 チルドレンへの食事の提供や、ストリート・チルドレンを他団体に紹介するなどのコーディネ イトの業務がこれらの活動に付随している。現在可能な活動を手広く抱えており、その活動は 国際的連携やブルキナファソ社会上層部への啓発、ロビー活動、さらに子どもたちへの直接的 な関与にまで、多岐にわたっている。 これらのケオーゴの活動の核になっているのは、毎週 6 回行われるパトロールである。ケオ ーゴが医療支援をする NGO としてストリート・チルドレンからの認知されるようにとなったの は、頻繁に行われる夜間パトロールのためだと言ってよい。週 3 回ほどの夜間パトロールを通 し、ケオーゴの職員は、常にストリート・チルドレンの情報を更新し、健康状態を確認する作 業を行う。そして、エデュカターを中心とした、パトロールのメンバーは先に述べた通り、元々 ストリート・チルドレンである。年代的にも現役ストリート・チルドレンのひと世代上に当る エデュカターとの関係性は密接で、このパトロールが次節に述べるように、ケオーゴとストリ ート・チルドレンの接点となっている。

Ⅲ.3. ケオーゴとストリート・チルドレン:ケオーゴの活動から見るストリート・チルドレン

Ⅲ.3.1 ケオーゴのパトロール

 ケオーゴの事務所には、毎日 5 名ほどのストリート・チルドレンが訪れる。しかしながら、 事務所がワガドゥグ市南部に位置していることから、ワガドゥグ市内の子どもたちが常にケオ ーゴにアクセスできるわけではない。より広く子どもたちとの接点を確保するため、ケオーゴ は週に 4 回から 5 回のパトロール x パトロールは、パルム氏とエデュカターが中心となり、市内約 10 か所のストリート・チルド レンの溜まり場を訪問するものである。この活動の目的は、2 つで、普段医療サービスを受ける 機会のないストリート・チルドレンに初期治療や簡単な診断を提供すること、もう一つは、ス トリート・チルドレンの状況の確認である。このパトロールは、水曜日は昼間に行われ、月曜 日、木曜日、土曜日は夜間に行われる。ストリート・チルドレンの行動パターンが昼間と夜間 で異なるために時間をずらして行っている。パトロールは、エデュカターを中心に 4 名ほどが チームを組み、ヤマハ製のバイクを駆って約 2 時間にわたって、4 か所から 5 か所を回る。パト ロールの際は、絆創膏、包帯、消毒液、熱さましなどの初期医療が可能な装備と診療簿をバイ を行っている。 78 クの荷台に積み込む。 表 2 に 2007 年 9 月から 2008 年 8 月までの実績を示した。この表はケオーゴのスタッフが記 入している出動録をまとめたものである。この記録によれば、毎回、1 名から多い時で 8 名のス トリート・チルドレンの手当を行っている。手当が必要な症状の多くは擦り傷や切り傷である。 酷いものには、極度の栄養失調や、骨折の事例もあるが、それほど頻繁ではない。ウエドラオ ゴ氏によれば、外傷には、遊びまわった末の転倒や子ども同士のけんかによる軽傷が多い。ま た、病気にはマラリアが多く、外で生活することで蚊に対して無防備な様子がここからもわか る。 この治療を行うのは、主にエデュカターである。エデュカターの初期訓練において、サワド ゴ氏ウエドラオゴ氏ら医療経験者から応急手当の研修を受けることになっている。この訓練は、 軽い外傷とマラリアや下痢などの症状に対処するためのものである。筆者がパトロールに参加 した際にも彼らの治療の場面に立ち会った。治療は、使い捨ての医療用ゴム手袋を使用して行 われ、治療者の消毒液、絆創膏の扱いは大変手慣れている。ストリート・チルドレンたちと冗談を言いながら、なぜけがをしたか、だれとケンカをしたのか、ということを聞き出しながら 治療が行われていた。こうした治療行為は、ケオーゴにとって重要な活動であり、ストリート・ チルドレンにとっても生活の安全弁の役割をしていることは先に述べた。しかし、こればかり がパトロールの意義ではない。パトロールがケオーゴにとってより重要な活動であるのは、刻 一刻と変わるストリート・チルドレンの情況を把握するための情報収集としての意味もある。 二つ目の意味より、殊に重要視されるのは、夜間のパトロールである。夜間のパトロールは、 子どもたちが一か所に固まって休む夜間が、より子どもたちの様子を伺いやすいためである。 ストリート・チルドレンは日々街を徘徊し、ある程度の安全が確保できそうな場所であればそ こにとどまっている。夜はお互いの盗みに気を使いながらも、そこにいる他の子どもたちと遊 び、そして一か所で寝床を共にする。夜間のパトロールこそ昼間街中を徘徊するストリート・ チルドレンの状況をつかむための機会なのである。 Ⅲ.3.2 ケオーゴがつかむ情報:ストリート・チルドレンのグルーピングについて このように、ケオーゴはストリート・チルドレンの刻一刻と変化する状況を観察している。 パトロールでケオーゴがつかむ情報は、それぞれのストリート・チルドレンの所在とグルーピ ングについてである。こうした情報がケオーゴの活動を合理的に進めるための基礎的な情報と なっている。 それでは、ケオーゴはどのような情報を取得しているのだろうか。ケオーゴのスタッフへの 聞き取りから考えてみたい。 年々増加するストリート・チルドレンの数は、一か所に、多いところで 70 名とも 80 名とも 言われる。常に食料探しに街を徘徊し、時に路上で寝ているだけで警察に逮捕されるなど公権 力の影響も受ける。そして、前触れもなく少年たちが街を離れることも珍しいことではない。 その地域を離れるきっかけになるのは、他のストリート・チルドレンからものを盗んだり、ケ ンカをした時である。この場合、少年たちはワガドゥグ市内に 10 か所ほどある他の溜まり場に 移る。多くは 2 週間程度してほとぼりが冷めたころに同じ場所に戻ってくることが多い。子ど もたちが一ヵ所に滞留する期間は長くて 1 か月ほどであるという。これらの情報を元に、ウエ ドラオゴ氏は、流動的な移動を示す子どもたちの間にはグルーピングはほとんどないという。 少年たちは、ゆるやかな社会関係を保ち、移動を繰り返す不安定な世界の中で生きていること が分かる。 80 ウェドラオゴ氏の、ストリート・チルドレンには明確なグループがないという説明は正しい。 しかし、少年たちがゆるやかな社会関係を形成しているということは、彼らが出身地別に溜ま り場を形成していることからもわかる。つまり、何らかのグループは存在するようだ。たとえ ば、ブルキナファソ北部方面行のバスが発着する停留所付近に滞留するのは、ブルキナファソ 北部出身のプル xi ケオーゴ自身もこの現状に対応した活動を行っている。このことから、ケオーゴが収集した 情報を元に彼らの活動を組み立てていることが分かる。実際、夜間パトロールを行うスタッフ が、北部方面バス停留所で活動する際には、プル語話者が必ず加わる。プル語話者は、エデュ カターのアッライと国立病院に勤務するボランティア・スタッフのシメオン Siméon である (2008.9.4 参与観察)。この 2 名が入る日は、特に北部方面バス停留所を訪れ、プル語による聞 き取り、治療が行われる。 の少年が多い。そして、クワメ・ンクルマには相対的にブルキナファソ東部 出身者が多い。 こうした大枠の情報はこれまでの活動経験の中で培われてきたが、ストリート・チルドレン の各グループ内の小さな変化は、パトロールの際に得る情報に頼るしかない。日々のストリー ト・チルドレンの情報をつかむために重要な役割を果たすのは、溜まり場の「主」のような年 長ストリート・チルドレンである。各グループはウエドラオゴ氏が指摘する通り、固定された ものではない。しかし、その地域にいるストリート・チルドレンの動向については主が大方把 握している。彼らは、新しい少年が彼らの溜まり場に加わったり、しばらく見なくなった子ど もがいれば、そのことをケオーゴのスタッフに伝える。 筆者が 5 年間にわたって調査を続けているクワメ・ンクルマ通りにも、ケオーゴのスタッフ がファソ・バーラ Faso Baala と呼ぶストリート・チルドレンが集まる地点ある。ファソ・バー ラとはワガドゥグの土地公社のことで、建物の前には、駐車場があり、このあたりでもっとも 目立つ建物である。ここには、通常 70 人程度のストリート・チルドレンが滞留している。この 地域を取り仕切っているのが、ファソ・バーラの道路横に駐車場を管理する 3 名である。この 3 人は、マリウス、シルバン、ブカラで 25 歳前後の男性である。昼間であれ、夜間であれ、ケオ ーゴのパトロールの際には、必ず、この 3 名のうち誰かが呼ばれ、その時のファソ・バラの情 報交換が行われている。3 人から提供される情報は、その時にファソ・バーラに滞留する少年た ちの健康状態と、少年たちの動向、つまり、新入者の情況といなくなった少年たちの動向であ る。 ケオーゴのパトロールのサイトは、ファソ・バーラ以外に 10 か所以上存在する。それぞれにファソ・バーラの 3 人のような年長者がおり、ケオーゴに情報を提供している。ケオーゴはパ トロールで入手した情報を総合し、それぞれのサイト間での少年の移動、また、ワガドゥグ内 の、また国外からの入退の情況を把握するように努めている。 付け加えれば、このパトロールで得られた情報はケオーゴの国際的なネットワーク構築に影 響を与えている。日々のパトロールの結果、少年たちの出所はブルキナファソ国内だけではな く、相当数がマリ、ニジェール、ガーナなどの周辺国に及ぶことが分かってきている。しかし、 なぜ少年たちが国境を越えてまで、ワガドゥグに来るのか、という問いには、ケオーゴのスタ ッフから答えは得られていない。こうした少年たちの国境を障壁としないダイナミックな動き については、ケオーゴのスタッフにとっても一つの現象として捉えるよりほかはないようであ る。 日々おこなわれるパトロールがケオーゴとストリート・チルドレンとの間の結節点を作り出 している。草の根的な活動を志向する NGO にとって、活動の対象であり、受益者であるストリ ート・チルドレンの動きを敏感に察知しようとするケオーゴの活動は、その活動理念に基づい ている。しかし、こうした活動は、NGO が考えた通りの効果を上げているわけではない。年々 新たに少年たちがワガドゥグに流入し、ストリート・チルドレンと呼ばれる状況の子どもたち は、ケオーゴの目標とは裏腹に、その数はむしろ増加しているのである。 次章では、これまでに紹介したケオーゴの活動とストリート・チルドレンの現状を踏まえ、 ストリートにおける受益者と NGO という関係性がいかようにあるのか、を考察してみたい。 Ⅳ.「ストリートの生き方」:ケオーゴ職員が見るストリート・チルドレンの存在 理由 Ⅳ.1 「ストリートの生き様」サワドゴ氏の発言 この調査を始める以前、ケオーゴの総責任者のサワドゴ氏は、筆者に対して次のように述べ た。 「ストリートにはストリートの生き様がある」。 筆者は、サワドゴ氏からこの言葉を聞いたとき、サワドゴ氏がストリート・チルドレンの生 82 活を、一般に排除される子どもたちとして、つまり、社会悪として捉えられているのとは逆に、 彼らのことを肯定したものと考えた。しかし、その後の調査により、それだけではないことが 分かった。 まず、ケオーゴをはじめとする NGO の活動は、次のように一般化して説明できる。すなわち、 大人であり、近代的な組織である NGO が、貧困に苦しみ、社会からも逸脱した少年、少女を社 会化し、標準化する。よって、NGO の活動は、子どもたちが社会に参入できるための措置を施 し、一時的にストリートで生きていくための糧を与える活動である。 しかし、ケオーゴの活動事例から見えてくるのは、NGO が描く理想と乖離したストリートの 現実である。サワドゴ氏のこの言葉は、ケオーゴ以前からの長年の活動の中から、サワドゴ氏 自身が見出した認識を端的に表わしていると考えられる。 筆者がこのように考えるのにはふたつの理由ある。まず、ひとつ目に、NGO 自体が抱えるさ まざまな困難な状況に起因する理由である。先にシジェールの活動についてまとめたとおり、 これらの組織は懸命に活動を推進しているにも関わらず、概して NGO は常に資金難に直面して おり、長期的な計画を遂行するは難しい。また、小人数の職員しか確保できないため、現在の 活動を遂行するだけでも一人一人の職員に過剰な負荷がかかっている。こうした慢性的な経済 的・人的資源の不足により、その活動自体も大きく制限されている現状下では、やむを得ずで はあるが、「ストリートの生き方」をある程度は認めざるを得ないのではないだろうか。穿った 見方をすれば、サワドゴ氏の言はいわば多少の開き直りのようにも聞こえる。 一方、サワドゴ氏がストリートに独自の世界があるという事実を的確に指摘したと考えるこ ともできる。確かに、ストリートに子どもたちがストリートに「放逐される」原因を社会問題 に置き換えて考えることは可能である。貧困や、家庭、社会的、宗教的な問題を抱えるブルキ ナファソの社会は、NGO から見れば、子どもたちにとって「健全」な社会とは言い難い現状で ある。しかし、それ以前に子どもたちの生活パターンを考えるとどうだろうか。これまで、多 くの研究者が指摘してきた、アフリカの人びとの旅についての記述は、ストリート・チルドレ ンの文脈にも適応できないだろうか。アフリカの人びとの人生における移動や旅を描いた民族 誌に次のような研究見出すことができる。その最も古いものに、ハートの研究があげられる。 ハートは北部ガーナから都市部への移民について検討し、その人口移動と都市における生業分 布を分析した(Hart1971)。そして、日本人人類学者でも、和崎洋一の研究があげられる。和崎 は、アフリカ人の目的もなくさまよい歩く心情を「テンベアの心」(和崎 1977)として、目的を 持つ旅(サファリ)と対照して論じた。また、松田素二はナイロビの移民の例を論じ、男性た 83 ちが何の前触れもなく都市、農村を隔てなく渡り歩く様子を、都市民の側面から描いた。そこ では、アフリカの殊に男性に頻繁な移民が認められることを論じている(松田 1999)。これらの 例は、若年男性を扱ったものであるが、ストリート・チルドレンにまで適応して考えられるだ ろう。そうしなければ、先に紹介したストリート・チルドレンのアブドュライ君の事例におい て、彼らが筆者の出奔の理由、すなわち、なぜ家族の下を離れなければならなかったのか、と 言う質問に答えなかったか(答えられなかったか)を説明することができない。 すなわち、漂泊の一環としてのストリートでの生活は、彼らのライフコースの一場面である ということである。多くの少年たちはいずれなんらかの形で「社会化」されて、現在のストリ ートでの生活を離れ、「真っ当な」仕事に就くステージに進む。タセレやマディと言ったエデュ カターはそのよい例であろう。とすると、サワドゴ氏の発言サワドゴ氏が指摘する「ストリー トの生き様」は、本質的な意味でストリートの世界を認めたものと考えられるのである。 Ⅳ.2 ストリートの世界と NGO をつなぐもの NGO が如何にストリート・チルドレンたちを社会化し、標準化しようと試みても、当のスト リート・チルドレン自身の意思を伴わなければ、それは決して実を結ばない。実際に、アブデ ュライ君を例にとっても、これまでに 3 回施設に入り、ことごとく脱走を繰り返している。施 設に入って逃げ出した少年や、親との同意の上で一旦親元に帰った少年が再びストリートに舞 い戻る、というケースは枚挙にいとまがない。少年たちにとってのストリートでの生活には、 衣食住には事欠くものの、何ものにも縛られない自由がある。ストリート・チルドレンは、相 互扶助のための緩いグルーピングを形成しつつも、決してそれらに束縛されない生活を送って いる。つまり、NGO が目指す「社会化」や「標準化」は、必ずしも即時的に成功するわけでは ない。ここに、サワドゴ氏が述べた「ストリートの生き様」と NGO の認識のズレがある。しか し、そのズレはすでにケオーゴに認識されているものであり、このズレを最小に抑えるための 活動がパトロールである。 これまでに述べてきたように、パトロールは、第一義的にはケオーゴによるストリート・チ ルドレンの健康管理と健康状態を知るために行われている。そして、もう一つに、ストリート・ チルドレンの分布やグルーピング、配置の情報を得る活動でもあることが分かった。 サワドゴ氏のいう「ストリートの生き様」が、ケオーゴの活動の限界に対する諦観的な認識 から来るものであれ、あるいはストリートの子どもたちに特有の状況を的確に言い当てたもの 84 であれ、それらは、パトロールによって得られる生の情報によって、絶えず更新されているの である。そこで蓄積された情報から、ケオーゴの活動ビジョンが再構築されるのである。この 流動的で先の読めない状況を把握して活動に反映させていくためのデータは、毎日繰り返され るパトロールによる、微細な観察と情報収集からしか得ることはできないのである。 Ⅴ. 結論 本論では、まず、ワガドゥグのストリート・チルドレンの情況を検討した。そして、ブルキ ナファソでの NGO 活動の現状を鳥瞰し、ブルキナファソの首都ワガドゥグ市におけるストリー ト・チルドレン問題とストリート・チルドレンを支援する NGO、ケオーゴの活動の事例を中心 に報告した。ケオーゴは、MSF-L のひとつのプロジェクトから出発し、ローカル NGO として 独立した。ケオーゴは、年長のストリート・チルドレンを活動に取り込み、彼らをエデュカタ ーに任命してケオーゴとストリートの間の関係を円滑にしようとしている。しかし、こうした ストリートでの活動は、単に活動の効率性を考慮し、あるいは詳細で正確な情報収集を目的と しているだけではなく、じつはストリート・チルドレンと NGO の結節点を形成していることが わかる。この結節点では、事例として挙げた NGO ケオーゴは、ストリート・チルドレンの動静 を探ることをもう一つの活動の意味とした。それは、少年たちがいかに流動的な生態を示して いるか、ということの裏返しにあった。本稿では、ストリート展開する少年たちの「ストリー トの世界」は都市問題として語られたストリート・チルドレンの問題の枠組みだけでは理解で きないことを指摘した。ケオーゴの責任者、サワドゴ氏の言を借りれば、「ストリートの生き様」 は、「何気なく」という理由にならない理由でストリートに腰を落ち着ける、少年たちの独特の 生き方を指す。こうした視点に立つとき、ストリート・チルドレンは貧困、家庭不和、社会か らのドロップ・アウトといったような、これまで指摘されてきた社会問題とは別の観点から記 述・分析の対象となり得ると考える。 最後に、今後の課題を述べておきたい。ストリート・チルドレンは、都市の代表的な問題で あることは間違いない。しかし、いくつかの NGO での調査を経て、筆者はストリート・チルド レンの問題は、都市と少年、子どもというキーワードだけでは説明しきれない複雑な様相をな していることを認識した。子どもがストリート・チルドレン化する背景を,都市化や近代化だ けで語ることは不十分であり,例えば都市に参入する子どもを人の移動や季節移民としてとら える視点も必要である。このことにより、近代化にただ従属的な弱者としての「子ども」では 85 なく、一定の主体的な意図をもった一個の人間としての「子ども」を捉えなおすことにつなが るのではないだろうか。その先に立ち現れるのは、「ストリート」や「大人」を都合よく利用す る「子ども」の姿である。これが、本稿で絞り切れなかったサワドゴ氏の言う「ストリートの 生き方」を解明する上での鍵になるのではないかと考える。 i ケオーゴ他の NGO もこの定義を使用している。

ii UNICEF、United Nations Children’s Fund 国連児童基金

iii アブドゥライは 100Fcfa ほどの謝礼を、インタビューを受けたストリート・チルドレンに支 払ったことで、「子どもたちは適当な回答を用意している」と批判した。(2009.3.15 聞き取り) iv NGO 推進局 Derection du suivi des ONG v 2008 年 10 月で資金援助は打ち切られた。

vi Coaliation des intervenants auprès des enfants et jeunes en rue(路上の子どもと若者と働く人びと の結合体)、ワガドゥグ市内で活動する 7 団体が形成する共同体。

vii本稿では、当初より比較的安定的にシジェールの活動に参加している 7 つの団体に絞って論じ ていく。

viii以後「MSF-L」と表記する。 ix予算状況はケオーゴからの要請により非公開となっている。

x ケオーゴ内では、出動 Sortir と呼ばれているが、本稿では便宜的に「パトロール」とする。

xi Pule(フラニ Flani)、フルフルデなどとも呼ばれるサハラ砂漠南縁部に広く分布する牧畜民 参考文献 Atampugre, Nicholas 1993 Behind the Lines of Stones: The Social Impact of a Soil and Water Conservation project in the Sahel An Oxfam Publication Association KEOOGO 2008 RAPPORT ANNUEL D’ACTIVITES 玉置泰明・玉置真紀子 2009「NGO/NPO」『文化人類学事典』日本文化人類学会 Cordell, Dennis D, Joel W. Gregory, Victor Piché[1996] Hoe & Wage: A social history of a circular migration system in West Africa Westview Press DSONG(Direction du Suivi des ONG) 2008 Les Organisation non governmentales et Associations de développement au Burkina Faso :état des lieux et perspectives Hart, Kieth 1971[1997] Informal Income Opportunities and Urban Employment in Ghana in Perspective on Africa, Blackwell Loi N゜10/92/ADP Du 15 décembre 1992 Loi relative à la liberté d’association, Burkina Faso 松田素二 1996『抵抗する都市 ナイロビの移民世界から』岩波書店 Paecere, Titinga Frédéric 2004 Migration et droit des travailleurs (1897-02003) KARTALA 鈴木裕之 2000『ストリートの歌 現代アフリカの若者文化』世界思想社 86 ―― 2001「ストリートは文化の揺り籠‐アビジャンにおけるストリート文化の形成」和崎・ 嶋田・松田編『アフリカの都市的世界』世界思想社 WANGRÉ, Naba Jérémie et MAIGA, Alkassoum 2009 Enfant de rue en Afriqueè Le cas du Burkina Faso L’Harmattan 和崎洋一 1977『スワヒリ世界にて』NHK ブックス 参考 URL Médicins Sans Frontiéres, Luxemburg ホームページ http://www2.msf.lu/sur-le-terrain/nos-missions.html (2008.6.10 取得) http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/kuni/08_databook/pdfs/05-35.pdf#search='人間開発指数 ブルキナファソ'(2009.7.10 取得)

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